マリエのインスタ大暴露

マリエの現在「Twitter炎上に紳助・出川の影、復讐開始のシナリオ」インスタライブで暴露

マリエの現在マリエのインスタ大暴露

過去に「ヘキサゴン」「笑っていいとも」などのテレビ番組に出演し人気絶頂だったハーフタレントのマリエがTwitter炎上後、芸能界に干されたと噂されていました。しかし陰には島田紳助、出川哲朗などのヘキサゴンファミリーの影。

マリエ過去から現在。小学生vivi時代からアメリカへ留学、モデルを介して芸能界入りを果たし、大震災によるTwitter炎上から干されたとい噂。デザイナーとなりパスカルマリエデマレを立ち上げ、インスタライブで大暴露した現在までの紹介をしていきます。

マリエの現在「Twitter炎上からブランド立ち上げまでのストーリー」

マリエの顔画像
引用元:Business Insider

マリエが日本のテレビ番組が大っ嫌いな理由、それは日本のタレント勢からされた仕打ちと芸能界の闇を知ってしまったからです。世の中ではTwitterで炎上したから芸能界に干されたとか、父の会社が倒産し、借金まみれになったから芸能界にいられなくなったとかいろいろな噂が立っていましたね。

違います。マリエが芸能界から去った理由こそが日本の芸能界が、テレビ番組が嫌いだからです。

出川哲朗もマリエが大っ嫌いだった!!

マリエの幼少期「小学生からモデル、親にデザイナーになると嘘をつく」

元々はマリエは自動車用オイル輸入代理店「Unico(ユニコ)」の社長を務める父(現在は元社長)に持つ、セレブタレントとして日本の芸能界にデビューしました。父さんは当時「石油王」とも呼ばれていた富豪でした。

家では両親に大切に育てられ、幼いころから美容に対しても食事に対しても良いものを使っていました。フランス系カナダと日本のハーフという血筋もあったからか、日本人独特の寸胴体型にもならず、手足も長くスタイルも自身があります。10代では周りからは一目置かれる美少女として有名でした。

またマリエには二人のお姉さんがいます。マリエは3姉妹の末っ子です。マリエは姉に昔から憧れていました。いつも姉と同じ真似事をする子供でした。

マリエの姉、カリーヌの顔画像

マリエは小学5年生、11歳のころからキッズモデルをするようになりましたが、モデルになったのも、既にモデルとして活躍していたお姉さんに憧れていたからです。小さい頃から「絶対モデルになってやる!」と思っていました。

小学生時代には既にモデルとしてデビュー、ファッション誌「ViVi」の専属モデルにもなって、周りからは順風満帆な10代から20代前半が送れていたと思われていたでしょう。

marieのviviモデル時代の顔画像

しかしモデルを続けるのも一苦労でした。マリエは小学校から大学までエスカレーター式で進学できる女子高でしたが、モデルの仕事は絶対に許しくれるような学校ではありませんでした。バレたらおそらく退学だったでしょう。

モデルの活躍が目立てば目立つほど充実感はあったものの、学校にばれるのではないかという不安もいっぱいでした。そして遂に学校にバレそうになりました。周りのクラスメイトもざわめいていました。

マリエは学校にバレてもモデルを続けたい。将来の夢はモデルで有名になること。しかし両親はモデルを続けることに納得はしてくれませんでした。当然です。せっかく良い学校にも通えているのに、「とりあえずは大学まで卒業しなさい」が両親の答えでした。

学校か、モデルかの決断を迫られ、私がモデルを続けるために転校を望んでいると分かると、教育熱心だった母は「せっかくいい学校に入学させたのに」と泣き、夢を大事にする父でさえ「大学までの人生プランを報告しなさい。それ次第で考える」と怒っていた。そんな状況でただ「モデルになりたい」と言うだけでは、両親は絶対に納得しない。そこで、自由を手にするためについた嘘が「私は、デザイナーになりたい」だった。

引用元:https://www.wwdjapan.com/articles/1192086

「デザイナーになりたい」と言ったのは、当時はモデルを続けたいための口実でした。まさかその後本当に夢がデザイナーになるだなんてこの時は考えてもいませんでした。

この答えに両親も納得してくれました。本格的なモデルになるために、オーストラリアやアメリカへ留学。そして17歳で日本に帰国しましたが、モデルとしての人気が一気に高まってくれました。

マリエ芸能界デビュー「自分にしかできないこと、テレビでも臆せず喋れること」

父の周りにはいつもお金持ちが集まっており、大御所オーラが凄かったんでしょう。マリエは、大御所にも物怖じしないトークで人気となり、モデルから一気に多くのバラエティ番組に出演するタレントとして活躍しました。

マリエの事務所の闇が凄い

「当時も人気モデルが大勢いて、私はモデル一本ではナンバーワンになれないと気づいたんです。じゃあ自分にしか出来ないことって何なのか。迷ったのですが、それはテレビでも臆せず喋れること、あとお笑いが好きなことなんじゃないかと。ほかのモデルに出来ないことが自分にもある。そこで“5年間だけNOと言わない”と決め、どんな仕事もとにかく自分の100%を尽くしてやることにしました」

引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_17750/

テレビ番組で注目されたきっかけの番組こそが島田紳助が司会を務める「世界バリバリ☆バリュー」でした。ここからは皆さんが知っているように「クイズヘキサゴン」や「笑っていいとも」「アッコにおまかせ」など大御所が司会をするバラエティ番組、情報番組にも出演させて貰いました。

一時はレギュラー番組を9本も頂ける時期もありました。このまま順調に芸能生活を続けるのだろうと浮かれていたのも事実です。

マリエのTwitter炎上事件

マリエは過去にツイッターの発言が問題となってネットで炎上しました。きっかけは東日本大震災。セレブタレントとして芸能界に売り出したこともあり、ネットでは「金持ちなんだから募金しろよ!」「寄付しろよ!」みたいなコメントがとんでもない数届きました。

当時は毒舌トークも人気の一つになっていたと思ったマリエは、被災者の方もみるのに心無いツイートを連発してしまいました。

「世の中チャリティー産業かよ」

「こっちはいろんなところから募金です金くださいって連絡が絶えなくって困ってんだよ!」

このツイートが問題でした。ネットは大荒れ。もう収集がつかないほどでした。この時は本当に反省しています。言い返すにしてもちゃんと言葉を選んで返せばよかったと思っています。

「当時、私がセレブタレントと呼ばれていたこともあり、さまざまな所から『セレブなら寄付しろよ!』という心無い言葉がかなりの数寄せられていたんです。当時はそれをスルーできず、つい言い返すようなツイートをしてしまって……。もう少し言葉を選べば良かったのに」

引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_17750/?p=3

暴言を言ってしまった言い訳にはなってしまいますが、マリエは当時交際していたパートナーが宮城県気仙沼市の出身でした。大震災で連絡が取れないパートナーの家族を気遣うのが精いっぱいでした。本当に大切なパートナーを励ますことでいっぱいいっぱいで、多くの人に寄付する余裕が無かったかもしれません。

暴言をツイートしてしまった後は、ブログやSNSでちゃんと謝罪のメッセージも送りましたが、もう手遅れでした。ファンや芸能界からの人気も一気に下がってしまい、仕事もめっきり無くなってしまいました。芸能界からはそのままフェードアウトしてしまったと視聴者は思ったでしょうね。

マリエの大暴露「紳助に枕営業誘われ、出川哲朗にも勧められる」

マリエのインスタライブ画像
引用元:youtube

確かにTwitterの炎上が原因で、番組出演が減ってしまいました。けれど番組が減った理由はそれだけじゃありません。マリエのインスタライブでも暴露したように、「ヘキサゴン」「世界バリバリ☆バリュー」の番組で降板させられた理由は別にあります。

18歳のマリエがテレビ出演が多忙なことが理由で、収録前の島田紳助の楽屋へ挨拶に行けなかった

→島田紳助に、挨拶に来てなかったことを理由に呼び出しを受ける

→呼び出された場所に行くと、ラウンド上のソファの中心に島田紳助、そしてその周りに出川哲朗や、やるせなす、当時人気だったグラドルなどの取り巻きが座っていた

→大勢のいる中で、島田紳助から「俺と愛のない快楽だけのセ〇〇スをしよう。俺には極上の快楽をもたらすテクニックがある」

→マリエは誘いを断る。しかし出川哲朗ややるせなすなどの取り巻きに「ヤリなよ」と勧められた

→マリエは断り続けていると、島田紳助が電話で後輩芸人を呼び出す

→マリエに対して生々しい女性との行為の仕方をコントのように説明してきた

→マリエは更に断り続けたが、島田紳助は「じゃあ別日の○月○日にセ〇〇スしよう」

→マリエは所属事務所に相談、島田紳助と仕事をしたくないことを伝える

→事務所「断ると今後仕事がなくなるが、それでも本当にいいんだな?」

→マリエは同意、マネージャーと一緒に島田紳助のところに謝罪しに行った

この島田紳助、出川哲朗とのやり取りがきっかけで番組に出演していた「世界バリバリバリュー」や「クイズヘキサゴン」の仕事は無くなりました。芸能界から干されたという内容は半分本当だけど、半分は自分から芸能界から距離を置きました。

紳助、抱けなかった芸能人は

出川、テレビでマリエ嫌い発言

マリエのインスタライブ画像2

これが日本の芸能界が大っ嫌いな理由。今でもバラエティ番組は見たくないし、当時のヘキサゴンメンバーが出演していると怖ささえも感じます。

最近では出川哲朗が沢山のCMに出演していたり、冠番組を持っていたりしますが、テレビに映るだけで今でもすぐにテレビを消しています!

「出川さんは良い人」「出川さんは優しい」そんな言葉を聞くと虫唾が走ります。優しい人間が未成年の女子に枕営業を進めてきますか?進めませんよね!?今も日本のテレビ番組を見ていると何人の女性が枕営業をしてきたのか、何人の女性が出川哲朗に枕営業を勧められたのかと考えると、もう日本のバラエティ番組は観れませんね。

マリエ暴露で出川炎上!は予言されていた

今さらになってこんな暴露話、証拠もありません。訴えたら良いじゃんって思う人もいるかもしれませんが、いやです。めんどくさいし。

もちろん芸能界にも黒い人ばかりじゃありません。島田紳助・出川哲朗たちに枕営業を勧誘され、断った後に助けてくれたのは「笑っていいとも」のメンバーであるタモリさんや爆笑問題の2人でした。芸能界というだけで、一括りにしてはいけないなとも思いました。本当に感謝している。

マリエのデザイナーへの道「ドス黒い芸能界からさよなら」

芸能界から距離を置いた後、マリエは新しい夢を既に持っていました。それがデザイナーへの道です。丁度芸能界の仕事も無くなったし、マリエとしてもあまり芸能界には居たくない。そこでアメリカの「パーソンズ美術大学」へ留学することにしました。

パーソンズ美術大学といえば、マーク・ジェイコブス、アナスイなど超有名ブランドを輩出している名門校としても有名です。ニューヨークのマンハッタンにあります。

世間からは「炎上が起きたから、デザイナーの道へ進んだ」「マリエも放射能を恐れて海外へ逃げた」なんて言われ方もしましたが、違います。

島田紳助、出川哲朗との一件は19歳の時の話です。炎上の前から芸能界には嫌気が刺し、既に留学は決めていたことでした。

10代の頃から憧れていたパーソンズ美術大学。当時のマリエは芸能活動で多忙のなか、努力に努力を重ねてこの試験に受かっていた。9月からスタートする大学入学の準備を含め、6月にはアメリカに行かなければならない状況だった。日本での仕事も3月をめどに整理をしていたところに起こったのが311だった。

引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_17750/?p=3

芸能界が嫌だったからデザイナーの道に逃げたわけでは無いです。ちゃんと忙しい芸能活動のスケジュールの合間に勉強して、受験して、合格をしたんです。10代のころに嘘で両親に話をした「デザイナーになりたい」という言葉が、いつしか本当の夢に変わっていたんです。

留学を終えた2012年。芸能活動にはもう復帰はせずに夢だった自分のブランドを立ち上げるための準備を日本でしていました。もう島田紳助や出川哲朗の顔なんて見たくもありません。海外の留学はセンスを磨けたり、技術を磨けたりで本当に言ってよかったです。何よりもどこに行っても島田紳助や出川哲郎の顔をテレビでも見なくて済むんですから。

そのままアメリカに滞在してブランドを立ち上げようかとも思いました。けれど日本に帰って来た。その理由は芸能活動時代からついてきてくれたファンのためです。

「テレビに出ない間も『応援してるよ』というメッセージをブログなどSNSにくれる子たちがいて。そういう日本のファンにできることって何だろうと思ったときに、自分勝手な責任感かもしれないですけど、私がここで学んだことを伝えることなんじゃないかと思ったんです。 そのために自分の信念を貫けるものづくりがしたいと思ったのが、ブランドを立ち上げるきっかけでした」(マリエ)

引用元:https://www.businessinsider.jp/post-190640

マリエが自分のブランドを立ち上げたいと思った理由。それは何よりもファンへ恩返ししたいというのが一番の原動力でした。

マリエの現在「パスカルマリエデマレを立ち上げる」

マリエは2017年の6月に遂に念願のブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカルマリエデマレ)」を立ち上げることに成功しました。ブランドの立ち上げまでの準備はかなり綿密に行いました。かかった期間は約4年。

4年間の間に、100人以上のアーティストやデザイナーさんから話を聞いてみたり、専門学校でデザインの講師をしてみたりと試行錯誤しました。その中でやっぱりファンションに関わりたいという想いが強くなったことで最終的にブランドを立ち上げています。

マリエは「これまで100人以上のデザイナーやアーティストにインタビューしたり、専門学校で講師をしたりするなかで、改めてファッションを再選択する機会を与えてもらった。自分が服を作るのなら、無駄のないモノで、一生使えて、本当に必要なものにとことんこだわりたかった。価格も、時間も、クオリティーも、何も諦めたくない」と熱く語った。

引用元:https://www.wwdjapan.com/articles/424102
PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカルマリエデマレ)
引用元:Business Insider

ブランドの立ち上げは大成功でした。PMDで初めて作って販売した服はTシャツでした。1枚13,800円と少し高額な服とはなりましたが、販売した72枚は販売開始5分ですぐに売り切れました。これは本当に嬉しかったのと同時にサステナブル(持続可能性のある)なブランドでやっていけるなと実感しました。

「大手アパレルメーカーには出来ないことをしていこうと思いました。例えば、捨てられていくジビエの皮を全部請け負って商品にしようと。大手だと傷物を扱うことがそもそもタブーなんです。“傷”を追った野生動物の皮はそれ自体がキレイなものではないとみなされ、捨てられていく。ゴミになっていく。でも私は逆に、その“傷”を“美しい”って思うんです。革の傷はその生き物が生きてきた証。それを美しいって言える社会って素晴らしいのではないか。そんな提案をファッションでやっていこうと考えたのです」

引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_17750/?p=4

マリエ自身も20代ながらも多くの失敗をしてきました。ツイッター炎上や、島田紳助・出川哲郎などとの問題、それに石油王と呼ばれた父親が不渡りを起こし、会社を解散したりと若いながらも波瀾万丈です。

ただしネットの噂であるような数千万の借金がのしかかっているという噂は完全なデマです。

確かに父は不渡りを起こし、会社を解散しました。母とは離婚もしていますが、未だに家には一緒に住んでいます。数千万の借金と言いますが、一般的なローンと固定資産税を納め忘れた10万円程度を支払っただけです。ローンも母個人のもので、マリエには何も負担がかかっていません。

マリエの現在は日本でファンションブランドやラジオパーソナリティーを務める

マリエのインスタライブ画像

現在のマリエは、日本に滞在しています。自分で立ち上げたブランドPMDは今も順調ですし、J-WAVEでラジオのパーソナリティーなんかの仕事をさせてもらっています。またヘルオブヘブンという会社の社長もしています。

他にもファンションに関する仕事ではマルチに活躍しているマリエ。東京ミッドタウン日比谷では、「ドローイングハウス・オブ・ヒビヤ」というスタッフのユニフォームをデザインしたりもしています。デザイン業としても活躍できていますよ。

マリエのデザイン

自宅では若い頃のようなセレブの生活というよりもナチュラルな生活をパートナーと一緒に過ごしています。

後はインスタグラムのライブ機能を使って主にファッションをテーマに色々と話をさせて貰っていますよ。けれど日本にいるとやっぱり許せないのは芸能界での一件です。

当時18歳という未成年の女性に対して行った行為が今もどうしても許せません。18歳ですよ!?18歳!普通は18歳にそんな誘いしませんし、周りの大人もなんとか逃がそうとしてくれるものじゃないんですか?それをヨイショヨイショで勧めてくるってあり得ません。そんなことをみんなで勧めてくる40~50歳のおじさんってどういうこと!?って思います。

それに事務所の「仕事が無くなるけど良いの?」という言葉や場面は今もはっきりと覚えています。

なぜこのタイミングでインスタライブを使って暴露したのかって?それは近年の出川哲郎の活躍が目に余ってきたからってこともあります。

最近ではどのチャンネルを付けても出川哲朗、出川哲朗。一時はCM王なんて呼ばれていましたしね。マジでありえないって思ってます。今回のインスタライブ暴露で、もしかしたら島田紳助一派に〇されてしまうかもしれないなんてことも思います。

けれどそれならそれで良いかなって思います。マリエは一つの夢を達成した。今後もファンションブランドを発展させるという夢はあるけど、一つの夢をかなえられたことは満足です。

WWD:今後挑戦してみたいことは?

マリエ:応援してくれているファンの方たちのためにも正しい情報を伝え、心地よい暮らしを提案していきたいと思っています。大きな野望ですが、学校の制服も作ってみたい。未来の女の子のために、お腹が冷えないような機能性をもたせた、体を守る制服を実現したいですね。そして生活の中で身近に感じられるアイテムを展開していきたいです。

引用元:https://www.wwdjapan.com/articles/593938

マリエは現在ファンションデザイナーをしながら、ファンションブランドの社長も務めています。更にラジオパーソナリティーやインスタグラマーとしてファッションをテーマにしたライブ配信も行っています。今後の夢は学校の制服を作ってみたいと思っています。女性にとって、少しでも心地よい生活を提供できるデザイナーになれることが、マリエの未来の夢となっています。

多くの女性に知ってもらいたいこと、それは自分のことは自分でコントロールするってこと。「体を売れば自分の夢がかなうかもしれないという瞬間は沢山あるかもしれないが、そこで負けると絶対に辿り着けない未来があるはず」とインスタライブでもコメントしました。

マリエ暴露後のラジオが凄い

マリエの現在の目標「CMから出川哲郎を消す」

出川哲朗、島田紳助の行ったことは今後も許せません。島田紳助に関しては、既に芸能界から引退しているので顔を見ずに済みますが、出川哲朗は毎日のように出演しています。

出川哲朗の2021年4月現在の出演番組(公式サイト調べ)

  • 出川哲朗の充電させてくれませんか?
  • 出川哲朗のクイズほぉ~スクール
  • 世界の果てまで行ってQ
  • アッコにおまかせ
  • 沸騰ワード10

出川哲朗の2021年4月の契約コマーシャル(公式サイト調べ)

  • ゴキファイタープロ
  • GAP
  • のろーよ!デンドー車いす
  • GREEN DA・KA・RA
  • チャーハンの素
  • Y!mobile
  • tama’s
  • ニチガス
  • DMMぱちタウン

まるで「良い人」のようなふりをして。けど今回の暴露が少しでも世間の目に入り、注目することで出川哲朗の信用度も下がってくれれば良いなと思います。そしてバラエティ番組は仕方ないかもしれませんが、せめてコマーシャルからは、その顔が見えないようにしていきたいというのがマリエの目標です。

イッテQで出川が降板!続く呪いの連鎖

マリエは本当に枕営業に勧誘されていた「若槻千夏も語る芸能界の裏側」

昨年放送された『関ジャニ∞のジャニ勉』(関西テレビ)に出演した若槻千夏(36)は、自身がグラビアアイドルをしていた2000年代を振り返り「抱かれる時代だった」と、枕営業が横行していたことを告白した。

引用元:https://www.mag2.com/p/news/492929

2020年に放送された関ジャニの番組では、ゲストに出演していた若槻千夏が枕営業が横行していたことを告白しています。

それほど当たり前の世界だったんです。芸能界の裏で枕営業がある、そんな漫画やドラマみたいなことが本当に起きていて、出川哲朗のように周りの大人も、何事もないように勧めてくるんです。

「枕営業は現在進行形で行われています。テレビ番組を見ていると、有名なタレントたちに混ざって『誰この子?』という女性が出ていたりしますが、ほぼ枕で勝ち取った出演です。グラビアアイドルたちは出ては消え、出ては消えということを繰り返していますが、そういう子たちはほとんどが枕営業の経験者で間違いありません」

引用元:https://www.mag2.com/p/news/492929

特にグラビアアイドルの子たちは、高確率で枕営業をしていると芸能関係に詳しいライターは語っているようです。事務所側から「枕営業する気ある?」なんて誘われることも珍しくないというから驚きです。マリエの事務所では枕営業を勧められはしなかったので良いですが、それでも「仕事が無くなるけど良いの?」という返答も衝撃的でした。

枕営業を断ったことで謝罪に行かなければならないことも不思議でしょうがなかったです。枕営業を断ってゴメンナサイなんていう世界なんて関わりたくありません。

ヘキサゴンメンバーが島田紳助と枕営業をしていたかどうかは不明です。ヘキサゴンメンバーとは、関わりを深く持たないようにしていましたから。

以前テレビ番組で、タカアンドトシのタカにドッキリを仕掛けるというコーナーがありました。ドッキリの内容は島田紳助とほしのあきが愛人関係であるというドッキリでした。

島田紳助とほしのあきの不倫

この島田紳助、ほしのあきドッキリがネットでは「生々しすぎる」「本当に愛人関係にあるのでは?」と話題になっていましたね。結局真相は闇に葬られてしまったわけですが…

マリエの暴露で芸能界の闇がわかりましたね。ほしのあきもれっきとしたヘキサゴンファミリー。枕営業をしていたかもしれません。真相は分かりませんが、テレビ番組でほしのあきや熊田曜子、misonoの姿を見るたびに、あの時に枕営業していたのかなと思ってしまいます。

出川がテレビ番組でマリエの悪口発言!

特に熊田は、島田氏のお気に入りの女性の1人と言われていた。島田氏はよりすぐりのタレントを囲っては、面倒を見ていたという。そして、ストックされた女性芸能人たちは島田氏の“喜び組”と称されていたことが報じられている。

引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_199993272/?p=2

出川の枠がマリエに変わる!理由は?

出川も呪いの番組の餌食に

島田紳助と熊田曜子

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